中間流通経費
昨年、知人が自然食品店を出す検討をしていた。どこに出すか、規模はどのくらいにするか、品揃えはどうするかなど一人で考えるのには限界がある。そこで自然食品店の関係者を彼女に紹介し理解を深めてもらっていた。小さなお店を運営するには、流通の知識は絶対に必要だ。これを知らないと事業計画が立てられない。しばらくして彼女は自然食品店の出店から方向転換し、農福連携の生産を行うことになったのだが、流通・販売の知識を得たのは今後の活動にも生きるだろう思っている。
もうひとつ相談を受けた事例がある。ある有機栽培米の生産者が、その米を使ってお菓子の製造に取り組んでいる。自宅を店舗にしてそこでの直売とWEBの販売をしているようなのだが、他にも販路を広げたいということだった。そこで私が関わっている自然食の卸会社に取り扱いを検討してもらったのだが、残念ながら価格が全く合わずうまくいかなかった。
その人は直接販売することを前提に価格設定をしていたので、そもそも中間流通の経費が原価に入っていない。途中から入れ込むと売価が大きく変わってしまうのだ。もう既に商品は販売されているので、価格を含めた商品設計を一から組みなおすのは簡単ではなかった。
「問屋(卸)不要論」
この数年、農福連携の流通に取り組むことにしたら、上記のような話をもらうことになったし、こちらもあちこちで農福の話、流通の話をすることが増えた。そんな中「卸はいらない業態だ」という言葉を2人から聞きはっとした。問屋不要論は健在なのだ。
私は今、障害者アートギャラリーの傍ら自然食品卸の会社を手伝っている。だから「問屋不要論」は間違っていることを知っている。しかし、私自身も卸の仕事に関わる前は同じことを漠然と思っていた。以前に所属していた有機野菜の宅配の会社は生産者から直接仕入し、顧客に直接販売をしていたためだ。
今回この記事を書くのは、多くの人が理由を知らないまま卸は不要と思っている誤解を解いておきたいということ。そして、特にこれから小さなお店を始める人や、小規模の物づくりを始めようと思っている人に流通の事をほんの少しでも知っておいてもらいたいと思ったからだ。
ところで、この「問屋不要論」は1962年に刊行された「流通革命」という本がルーツのようだ。東京大学の林周二という先生が書いた本である。
スーパーマーケットが広がって大量生産、大量流通、大量消費に日本が変わりつつある時代だっただろう。大きな店舗が商品の直接仕入れに向かうのは当然だと思う。しかしもう60年が過ぎ、卸会社はまだ残っている。「不要」にはならなかったわけだが、インパクトのある言葉であるがゆえにずっと生き残り、常識として一人歩きを続けている。
商品価格の内訳
ここでまず商品の値段を分解してみることにする。商品によって様々だが、ここでは私がずっと関わっている自然食品の例で見てみる。あくまでもザックリの数字になるのでご注意いただきたい。
小売価格100円の商品があるとする。商品にもよるが、生産者・メーカーは50~60円ほどで出荷する。小売店は30円ほどの利益をとる(でなければ成り立たない)。そしてその間の10~20円が卸の取り分となる。
これだけ聞くと、中間流通コスト(10%~20%)は高いと思う人もいるだろう。中間コストを減らすもしくは無くすと、その分利益率を上げるとか値段を下げて販売をすることが可能になる。卸をなくしたいと思う気持ちはわからなくはない。
食品卸の仕事
では、次に食品卸はどんな仕事をしているかについて見てみよう。これも自然食品の例だ。
まず野菜の産地の開発。オーガニック系の卸会社は独自の基準を持っているので、何でも仕入れられるわけではない。扱いができる産地を訪問し直接会って目合わせをする。そして畑も見学させていただき、栽培方法の確認をする。加工品も同様である。
並行して売り先の開拓をする。作物・商品を売ってくれる小売店を開拓し、商品を扱ってもらえるよう営業するのである。
それから毎週、商品リストを小売店に提示し、小売店から注文をとる。そして生産者に正式な発注をする。その商品が物流倉庫に納品された後、お店ごとに仕分けしを配達する。ロット発注の商品は在庫する。こんな流れだ。
どうだろうか。少しイメージが変わったのではないかと思う。けっこう手間のかかる仕事をしているのである。
小さなお店には卸は必要
小売店側から見てみる。あなたが1000品目を扱う小さな自然食品店を経営しているとしよう。仕入は生産者100社から直接仕入れる(1生産者から10品)。1つの生産者は週に1回、10品をなるべく少ない箱数になるようまとめて梱包し納品してくれるとする。
かなり小売店に都合の良い想定の話をしているのだが、それでも1週間に100回の荷受けをすることになるわけだ。どれも宅配便などで運ばれてくる。その商品が全て商品棚に入ればいいが、残ればバックヤードに箱が保管されることになる。小さな店に十分な保管場所はなかなかとれない。
おまけに100回納品分の運送費がかかることになる。小さな加工品ならまだしも、キャベツなどの大型野菜は1箱に8個ほどしか入らない。たぶん合計の箱数は150ぐらいにはなるだろう。すると送料負担は10万円ほどになる。
納品・在庫・送料だけ考えても直取引は厳しいということがわかる。もし卸を使えば、必要品目・必要数量をまとめて持ってきてくれる。卸も宅配便で仕入れるものがあり、その送料は価格に乗せられるが、直仕入の10万円よりは圧倒的に安い。
直仕入できる規模
これで大体お分かりかと思うが、小売店が直仕入をしてメリットが出るのは、卸会社が行っている業務を内製化した方が安くなる時だ。直接仕入は産地と直に繋がれるなどのメリットもあるだろうが、産地・商品開発をする人件費等、物流倉庫の地代、在庫管理費などの自社負担額が卸会社に依頼するより高い場合は、無理をしない方が賢明だ。
後に直仕入をしたい夢があるお店は、どのくらいの店舗数から採算がとれるのか一度試算をしてみてはいかがだろうか。
「こだわり」を支える卸
問屋不要論は小売店舗が大型になることを前提に提唱された理論だ。しかし、日本の小売店が全部大型スーパーになるわけでは決してない。大型小売店は大量生産・大量流通をベースにできている。もし大型店だけになると、木の樽で味噌・醤油を作っているような小規模メーカーの居場所がなくなっていくだろう。そんな世の中は居心地が悪い。小さくてもこだわりのある商品を作る人・それを売る店舗には残ってほしい。そのためにも、それを支える卸会社には存在し続けてほしいと思う。